フリードリッヒ・ベツナー ポルシェ911 ターボを救った男 後編

Photography:Porsche Archiv

ベツナーは1979年に911の直接の責任者に抜擢された。「SCのアップグレードの開発を始めたときでした。さらに1981年にシュッツがCEOに就任すると、ボットはカブリオレとスピードスターのプロジェクトも私に任せてくれました。カブリオレは特にアメリカ市場において重要でした。当時アメリカで販売できるオープンモデルの911はタルガしかなかったからです」

ポルシェは1965年にも911カブリオレにトライしていた。製品化に長い時間がかかった理由をベツナーの話から読み取ることができる。

「私たちはシャシーの歪みを抑える方法を見つけられませんでした。そんなときタルガが誕生し、アメリカでのオープンカーの将来が不透明だった(ラルフ・ネーダーの著書によって自動車の危険性が声高に叫ばれていた)こともあり、911のオープンモデルを断念したのです」

「私たちはプロジェクト再開にあたって過去を振り返り、356ではオープンカーの製造に成功していたことに思い至りました。356では頑丈なトランスミッショントンネルによってシャシーの剛性を高めていたのです。計画中だった924のオープンバージョン(実現は944まで待つこととなった)には、当然ながら既にトランスミッショントンネルを設けていました。要するにオープン911でもそれを踏襲したのです。1981年3月にプロトタイプの製作を開始し、夏にはそれを走らせて、ゴルフやメルセデスSL のオープンモデルと比較テストを行いました」

「スピードスターは優先順位が低かったため、プロトタイプを走らせたのは1983年3月でした。1984年に964型にゴーサインが出ました。ボットからスピードスターの開発を依頼されたのが1986年です。2年後に控えた964の発表に間に合わせるためでした」

ところが1988年9月に突然ボットが辞職した。964の発表会を3週間後に控えたときだった。まったく予想外の展開に、他の同僚と同様、ベツナーもショックを受けた。

「突然の出来事で、彼が去る理由が私には分かりませんでした。私の知る限り、早期退職の予定はありませんでした」とベツナーは話す。ボットは63歳で、あと2年は仕事ができたはずだ。しかし、スケープゴートを探していた取締役会の求めで、ラピーヌやシュッツ同様、ボットも辞職を強いられていたことが分かっている。

ボットの後任は、かつてポルシェのR&Dで働き、1981年にBMWに移ったウルリッヒ・ベッツだった。ベッツは存在感を示そうと、プロジェクトを次々に中止してスタッフの配置換えを行った。その影響はベツナーにも及んだ。

「私は911のプロジェクトマネージャーの職に留まりましたが、以前は私の下で働いていたベルント・カナウ(1952年生まれ)が直属の上司になりました。私は気にしませんでした。ベルントと私はいつも協力して仕事ができていたからです」

年下の部下だけが昇進するというプライドを傷つけられるような出来事も、前向きに捉えようとするところが謙虚なベツナーらしい。ポルシェは彼の人生そのものだったが、見返りを得ることを当然とは考えていなかった。そうした姿勢が彼のキャリアを支えたのである。地位は逆転したが、かつての教え子であるカナウは、「フリッツ・ベツナーなくして964ターボは誕生しなかった」と公言している。

簡略版959を開発し、964のトップモデルとする試みは突然打ち切られた。これがシングルターボの964誕生に至った経緯をベツナーは次のように振り返った。

「私たちはツインターボの四輪駆動車"プロジェクト965"の開発に取り組んでいましたが、壁にぶつかっていました。設計を試みた水冷式シリンダーヘッドはコストがかかりすぎることが明らかになったのです。ウルリッヒ・ベッツはプロジェクトを見るなり中止しました。即座に打ち切るというベッツらしいやり方です。しかし、状況を考えれば彼は正しかったと私も思います」

「ただ、その結果ポルシェには新しい964型911のターボバージョンがなくなってしまいました。私は暫定モデルの案をいくつか出しました。3.3ターボのスポーツパックが出力330bhpに達していた点を指摘し、これに大幅なパワーロスなしで触媒コンバーターを付けられれば、964ターボのベースになり得ると提案したのです。週に8~10台の製造で利益が出る計算でした。実際には、2000台の製造を目指していた965をはるかに超える成功となりました。生産が終了した1992年までに964型3.3ターボの製造数は3800台以上に達したのです」

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Kieron Fennelly 

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