運命のいたずら│伝説のドライバー ジャッキー・イクスにインタビュー

Photography: Junichi OKUMURA, Ryoma KASHIWAGI

ジャッキー・イクス氏ほど多才なレーシングドライバーはいないだろう。F1を戦い、耐久レースで勝利を重ね、北アフリカの砂漠の中でも優勝を果たしているからだ。レジェンドと呼ばれる彼の人生観について、インタビューをする機会を得た。

挨拶の握手をするなり、「あなたの手はとても冷たいね。外はきっと寒かったんだね。よし、私が温めてあげよう」と、女性編集者の手を握って離さない"ル・マンのキング"は、予想以上にチャーミングな魅力あふれる紳士であった。

F1とル・マン24時間に加え、まったく異なるカテゴリーのパリ=ダカール・ラリーにまで参戦した経験があるドライバーはめずらしい。そもそも求められるテクニックや、ドライバーの資質が異なるであろうカテゴリーにもかかわらず、それに挑戦しようと思ったきっかけは何だったのでしょう?という問いに対し、鷹揚な笑みでまず一言「まだ若いね」と。それは果たしてどういう意味なのだろうか。



「時代が違うから。そのころは、モータースポーツというのは一般的に言われるスポーツビジネスではなかった。ドライバーは今でいうところのプロではなくアマチュアで、純粋にドライビングを楽しんでいた。表彰台を争うのではなく、ね。私たちは自由で、何にも縛られず、やりたいと思ったことに挑戦することができたのです」
 
そう、ジャッキー・イクスが活躍した1960年代という時代性を考慮する必要がある。イクス氏によると、当時は今でいう"スポンサー"は存在せず、存在するのは技術面でのスポンサーだけだったという。現代のレーシングドライバーのようにスポンサーとの厳格な契約をすることなく、自由に挑戦できる環境だったのだ。「今は、マシンに乗る前に、まずたくさんサインをしなくちゃいけないからね」

「そもそも、本当はドライバーになりたかったわけではないんだ…」と聞いて驚いた。少年時代はレースにはまったく興味がなく、庭師になるか、森の番人をしていきたいと思っていたそうだ。だが、両親から与えられたモーターサイクルをきっかけに、彼の人生はドラマティックに変化していく。

「人生というものは、運とタイミングと、周りにいる人によって大きく変わる」と氏が語るように、偶然とも思える出会いが、人生を決めるプロビデンス(摂理)となっているのだ。「人生は一度きり。それが何かのきっかけで変わってしまう。人との付き合い方かもしれないし、時間の使い方かもしれない。私の場合は本当に周りの人々と環境に恵まれていたと、今になって思うんだ」「まさに人生何が起こるかわからない。運命というのはミステリーなんだよ」



1969年のル・マンでの行動は、もはや伝説のようになっている。当時採用されていたル・マン式スタート(ドライバーがマシンに走って乗り込み、シートベルトは走り出してからを締める)に安全面からアンチテーゼを掲げ、ゆっくりと歩いてマシンに乗り込み、しっかりとシートベルトを締めて最後尾からスタート。にもかかわらず、そのレースを制したという逸話はあまりに有名だ。
 
しかし、このエピソードについてもイクス氏は違った角度からの視点を持っている。「これはね、最終的に優勝したから"レジェンド"と呼ばれているけれど、もし100メートル差で負けていたとしたら、『ほら、やっぱり歩いて乗り込んだから勝てなかったんだ』と言われているに違いないよ。人の見方というのは、かように違うものなんだ」「若い頃は何も怖いことなどなかった。視野が狭くて物事伝説となったル・マンのスタートの良い側面しか見られなかったんだね」
 
自身のキャリアを振り返ってみると、数々の成功の陰には、若い頃の苦い経験があるという。「悪い経験があってこそ、考える機会が与えられ、人間として成長することができる」という言葉には、歳を重ねたイクス氏だからこそ語れる、重みのある世界観が感じられた。
 
今回のインタビューでは、「レースはひとりで戦うものではない」という意味の言葉を何度も口にしたイクス氏。「個人競技とは違い、レースは個人の才能だけで勝負できるものではない。それはマシンの良し悪しだけでもない。多くの見えない才能ある人々に支えられていることを忘れてはいけない」

Words: Classic PORSCHE 写真:奥村純一、柏木龍馬、ショパール Photography: Junichi OKUMURA, Ryoma KASHIWAGI, Chopard

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