伝説のレーシングマシン ポルシェ917で公道を走る最高の体験


 
2台目の"公道用"917は、シャシーナンバー917-021である。現在はヴァンサン・ゲイが所有し、"ヒッピー"なサイケデリック柄でヒストリックレースに参戦している。021はAAWレーシングで1970年シーズンを戦い、シーズン終了後に心臓部が917スパイダーに移植された(そのスパイダーでキンヌネンが1971年のインターセリエを制した)。
 
残ったオリジナルのシャシーとボディは、1972年にマンフレッド・フライジンガーに売却され、3年後にヨアヒム・グロスマンが新車の911と同じ価格で買い取った。大工のグロスマンは、公道使用の認可をテュフから取得することだけを目標に、取り憑かれたようにリビルドに打ち込んだ。そして1977年6月3日に認可を取得し、CW-K917というナンバープレートを手に入れたのである。しかし、その後のオーナーが元のレーシングカー仕様に戻すことにしたため、2台目の公道用917の物語もここで幕を閉じた。
 
そこで登場するのが写真の917である。現オーナーのクローディオ・ロッダーロは数年前からポルシェを収集している。対象はプロトタイプを含むポルシェのレーシングカーが中心で、可能ならば優勝歴のあるマシンが望ましい。そんなコレクターにとって917は究極の"聖杯"だが、市場にはめったに現れない。2016年末にスペシャリストのウェブサイトに917-037が出ると、クローディオは迷わずそのチャンスに飛びついた。

"037"という数字が引っかかる人もいるだろう。917を網羅した様々なリストを見ると、使われずに終わった予備のシャシーナンバーが4つあり、037はそのひとつに数えられている。ちなみに917-037は、1970年のル・マンにイルウッド/ホッブズ組のカーナンバー22としてエントリーされたが、実際に使われたのは917-026だった。


 
元ワークスドライバーで歴史家のユルゲン・バースはこう説明している。「037はバウアーが造った最後のシャシーだ。バウアーは1969年から917のシャシー製造を委託されていた。このシャシーには最後までナンバーが与えられなかった。それを会社から買い取っていたバウアーの元従業員が、1990年代に売却し、(チューリッヒのイレブンパーツ社の)マルコ・マリネッロを経由して、カリフォルニア州ハモサビーチのカール・トンプソンが購入した。そこで917-037の存在が知られるようになったんだ」

トンプソンは、高名なポルシェディーラー兼チームオーナーのバセク・ポラックの下で長年レースディレクターを務めていた。つまり917を知り尽くしていたのである。入手したシャシーと多数のファクトリー製スペアパーツを組み立てた。その中にはシリアルナンバー052の12気筒エンジンも含まれる。

ボディは、型を所有していたカリフォルニアのスペシャリスト、ガナーレーシングのケビン・ジャネットが製作を請け負った。そして2004年4月、デイトナで開催されたレンシュポルト・リユニオンⅡで、真っ白にペイントされた姿で披露された。917-037は実に逆説的な存在だ。最後に製造された917であり、優勝はおろかどんなレーシングヒストリーも持ち合わせていないが、おそらくどの917よりも"本物"なのである。


果たして、そのドライビングフィールは?次回へ続く

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA

RECOMMENDED

RELATED

RANKING