公道仕様?伝説のレーシングマシンで地中海を横に駆け抜ける!

この記事は『伝説のレーシングマシン ポルシェ917で公道を走る最高の体験!』の続きです。

シャシーを構成する鋼管はすべてオリジナルで、コンディションも完璧だ。というのもレースに出走したことがないからである。全パーツの95%はオリジナルだが、1シーズン参戦して同等の比率を維持できる917はほとんどないだろう。ボディの補修もないから重量もそのままだ。例えばエンジンカバーはひとりで持ち上げられるが、これはどの917にも当てはまることではない。補修を繰り返すうちにどんどん重くなっていくためだ。

 
完成から2年後、917-037はテクノクラシカ・エッセンに出品され、マンフレッド・フライジンガーのものとなった。フライジンガーはその年のル・マン・クラシックにこの917をエントリーし、ステファン・オルテリがドライブした。その後、アメリカのコレクター、グレッグ・ガルディに売却され、マルティーニ・グレーにペイントして2011年9月のレンシュポルト・リユニオンで納車された。


 
917-037にはレースヒストリーがないため、カラーリングはオーナーの希望次第だ。ガルディが選んだのは、917-023がデイトナで最後のレースを戦ったときのカラーリングだった。こうしてマルティーニ・ストライプが、運んできたトレーラーの中でさっそくあしらわれたのである。
 
2016年12月にクローディオ・ロッダーロが購入し、917-037にモナコの居住権を与えた。そのとき閃いたのが、まだ交通量の少ない日曜の早朝に、917でモナコのF1コースを走るというアイデア("衝動"といってもいい)だった。それにはナンバープレートが必要だから、所詮は夢物語だ…いや、本当にそうだろうか?
 
既に同じタイプの車両が2台、世界の他の場所で公道用として登録された前例がある。それがモナコ当局を動かす材料になり得るのではないか。何はともあれ必要なのは動かぬ証拠だ。FIAの書類に加えて、917-037は1975年にロッシ伯爵が運転した917-030とまったく同じ仕様であるというユルゲン・バースの証言など、役に立ちそうなあらゆる書類が集められた。


 
クローディオは笑いながらこう振り返った。「モナコはフランスと似ていてね、こういう場合には意志をくじこうと、わざと時間をかける。誰もがたらい回しにするんだ。ところがモナコは本当に狭いから、遠くまで回らずにあっという間に戻ってくるのさ。だから2カ月もかからなかったよ」
 
技術的にいえば917は908の正常進化版であり、908には公道仕様のパーツも使われていた。したがって、方向指示器を含む照明や警笛、助手席に加え、スペアタイヤも揃っている。足りないのは車体番号プレートだけだったが、なんとそれもポルシェが提供してくれた。
 
こうしてクローディオは登録証を手中に収め、それを懐に、私たちはモナコを見下ろす山道の征服へと乗り出したのである。その前に、眠れるビーストを起こさなければならない。ガレージに行くと、917の両側に並ぶ911 RSRが異様に背の高い車に見えた。駐車スペースから手で押して出したのだが、ステアリング操作を除けば、356を動かすのと同じで大した苦労ではなかった。
 
ただし、エンジンの始動は儀式めいている。現代のレーシングカーのようにチームのエンジニアが付きっきりになる訳ではないが、ひとりでできる作業でもない。917の到着以来"ベイビー"の面倒を見ているメカニックのマッシモが不在なので、代わりにマッテオがスクーデリア・クラシカのアシスタントトラックに乗って1日中私たちに同行する。不測の事態に備えておいて損はない。

キーを回しただけで冷えた12気筒エンジンが息を吹き返したら、かえって拍子抜けだ。通常ならチョークを引くところだが、917にはないので、ひとりがエンジンカバーを押さえ、メカニックが燃料噴射装置のエンリッチメント装置を操作し、3人目がダッシュボードに付いたキーを回す。


・・・次回へ続く

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA

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