80代でも毎日クラシックポルシェを楽しむ!所有する「ポルシェ・スペシャル」とは?



グルックラーは2度の世界大戦の間にバイクと自動車の販売を始めた。大きな成功を収めたのは、フランクフルトでフォルクスワーゲンの代理店を始めた1940年代後半だ。1950年、グルックラーはポルシェにも注目し、間もなくポルシェの代理店も開業した。オットー・グルックラー・スポーツヴァーゲン社(オットーはワルターの父親の名前)は現在も営業を続けており、地元ではポルシェセンター・フランクフルトとして知られている。
 
グルックラーはポルシェの代理店を始める以前からレーシングカーに深い関心を抱いていた。戦後すぐの貧しい時代である。才気溢れる実業家だったグルックラーは、自由な発想をフルに生かしてレーシングカーを造り上げた。最初の"スペシャル" は、ドイツのハノマーク社製市販車のメカニカルコンポーネントを流用し、1948年に完成した。


 
1950年には、同僚のハーマン・ラメロウと共に、今度はポルシェのパーツを使用して2台目のスペシャルを製作。こうして誕生したのがグルックラー・ポルシェ( G-P)1100で、アルミニウム製ボディをチューブラーフレームに架装したスポーツレーシングカーである。パワーユニットは1086ccの水平対向4気筒で、通常のガソリン燃料では出力50bhp、アルコール燃料では62bhpを発生した。
 
グルックラーとラメロウは1951年に2台目のポルシェ・スペシャルを造り上げた。これがG-P 1500で、その名の通り1500ccのポルシェエンジンを搭載し、出力は85bhpだった。この車はその年のうちにニューヨークのマックス・ホフマンに売却された。ホフマンはアメリカにヨーロッパ車を輸入したことで知られ、メルセデス300SLやBMW507のほか、特にポルシェ356スピードスターをアメリカに広めたことで有名だ。
 
グルックラーはポルシェ・スペシャルをさらに4台製作した。3台目のスペシャルが今回の主役である(詳しくは後述)。次が1953年のG-P 1100ロードスターで、同年にはG-P 1500スーパーも誕生した。こちらもロードスターで、1500スーパーのエンジンを搭載し、出力は100bhpに達した。


・・・それぞれの物語は次回へ続く。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words & Photography:Stephan Szantai Vintage photos courtesy:Herb Wysard

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