強すぎて嫌われ者になったポルシェとは?│そのパワーを裏付ける戦績の数々

これは『ポルシェが総力を結集して作り上げたマシンが開発されるまで』の続きです。

発表された935は2.8リッターの水平対向6気筒にKKK 製ターボを1基装着し最高出力を590psに高めたエンジンを搭載、「基本的なボディ形状は変更してはならず、やむをえず変更する場合も抜本的な変更を加えてはならない」という新規定に沿ったボディで登場した。


だが、それを見た人の目にはとても規定に準じているとは思えない格好に映った。これまで見たこともない巨大なリアウィング、19インチ・タイヤをカバーするために大きく張り出したリアフェンダーがテールを占め、低くスラントしたノーズには見慣れた位置にヘッドライトはなく、それは路面から少し上のエアダムの中に格納されていたからである。それでも基準はパスできた。言い換えれば、それだけおおざっぱなレギュレーションで抜け穴だらけだったのだ。

デビューレースで圧勝したことも手伝って、シルエット・フォーミュラの意義に反したクルマとの批判の嵐はますます強くなり、さすがのポルシェも抗しきれずに第2戦ではいかにも930らしいフロント形状で出場した。だが、オリジナルの姿を守ったのは3戦目まで。第4戦ニュルブルクリンク1000kmではCSIのお墨付きを得たとして再びスラントノーズ/ローヘッドライトに戻して出場した。

これは来たるル・マン24時間に出場するためにも必要だった。最高速が重視されるル・マンでは空力的に優れた低いノーズが圧倒的に有利だからである。76 年ル・マンでは馬鹿っ速いグループ6プロトタイプカーに伍して見事総合4位に食い込んでいる。ちなみに、76年から79年までル・マン24 時間はメイクス選手権もスポーツカー選手権(76年から81年まで分割した形でふたつの世界選手権が存在した)のいずれの世界選手権も懸からない独立したレースとして開催された。
 
この第4戦ではエンジンも改変を受けている。これもCSIからの指摘によるもので、空冷式インタークーラーをリアウィングの基部に収めた点が生産型と互換性がないと却下されたのである。今さら高熱が充満するエンジンルーム内にインタークーラーを収めるわけにいかず、やむなく水冷式に改めた。しかし水冷式インタークーラーを導入するにはエンジン・システムにも大がかりな手を加えなければならず、急仕立てで間に合わせたものの熟成不足により以降の3戦を落とすことになる。このままシリーズが進んでは935のひとり舞台になりかねないとCSIが懸念したいやがらせと思われるが、実際この3戦はBMW3.5CSLが制し、CSIの思惑は功を奏した格好となった。チャンピオンシップの行方は最終戦まで持ち越されたが、そのディジョン6時間でライバルを圧倒的な強さで下し、見事シルエット・フォーミュラ初代チャンピオンの座を勝ち取ったのはもちろんポルシェである。

文:尾澤英彦 写真:ポルシェ Words: Hidehiko OZAWA Images: Porsche AG

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