歴史に刻まれる記憶│ポルシェとグッドウッド・サーキットの歩み



ファクトリーによるエントリーは同年開催された9時間レースが最初である。スターリング・モスと、ポルシェの広報部長でありレース部門のチーフでもあったフシュケ・フォン・ハンシュタインが1台の550スパイダーを交互にドライブし、途中までクラスをリードしていたものの、他車に絡まれた末にリタイアしている。このレースでモスはル・マン式スタートに失敗しているが、それはやる気に満ちあふれていたからだそうだ。彼のやる気に関して『Motor Sport』はこう書いている。「彼は卓越したテクニックの持ち主で、オーバーステアでリアを滑らせながら前を走る集団をかわしていき、遅いクルマにはホーンを浴びせながら腕をたえずぐるぐる回していた」スターリングでなければできない芸当だろう。

ウォルフガング・セイデルとディック・スティードは550スパイダーのプロトタイプに乗り、とても慎重に走って総合10位に入った。その9時間レースではアストンマーティンが勝利し、これで3つの9時間レースをすべて制するというハットトリックを成し遂げた。



ポルシェはどうだったかといえば、翌年からの2、3のシーズンはスティードがエントリーを続けていた。スティードはイベント中の事故で自身とマシンにダメージを負ったために、彼に代わってニューヨークから一般参加したスティーヴン・ワイルダーがスクーデリア・ポルティアの名のもとに英国登録の356でエントリー、後半は550スパイダーでも走った。また、レン・ポッターはおそらくカレラと思われる別の356で参加、ジャック・ビュルケとFW.セルデンは英国登録の356を数台持ち込んだ。ビュルケとセルデンの1 台はラヴァント・コーナーでデニス・ジェンキンソンの356をスピンに追いやったよくない例として写真を載せられたことがある。

クリスチャン・ゲータルズは1957年イースターでのチチェスター・カップで550Aを走らせている。ウッドコート・コーナーで4輪ドリフトを演じたところを撮った写真は彼の自慢である。

1958年には真の国際イベントとして、またスポーツカー・ワールド・チャンピオンシップの緒戦として、ツーリスト・トロフィーがグッドウッドで開催された。ポルシェ・ファクトリーからはジャン・ベーラとエドガー・バルトが718RSKスパイダーで出場し4位に入賞、カレル・ド・ボーフォートとクリスチャン・ヘインズは8位だった。こう見るとたいしたことのないように見えるが、クラス別では1位と2位だ。この頃は総合順位でポルシェが上位に来るのはお馴染みのパターンだったし、中排気量クラスでの優勝はもはや当たり前だったのである。なお、このレースで優勝したのは、スターリング・モスとトニー・ブルックスのアストンマーティンDBR1である。


1年後のポルシェは?・・次回へ続く

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation: Hidehiko OZAWA Words: Robert Barrie Photos:As credited

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