ヒストリック・レーシングの遺産を残すために│ポルシェ935 K3の継承

この記事は『エンジンが最大限の性能を持続できるためにクレマーが出した答えとは?ポルシェ 935 K3』の続きです。

数時間の激しいバトルの末にGELOのポルシェはエンジンにダメージを負い、クレマーが勝利に一歩近づいたかのように見えた。だが突然、先頭を行くK3のインジェクション・ポンプのタイミングベルトが切れてしまった。ドン・ウィッティントンはコース上でベルトを交換するも、すぐにまた切れてしまう。万事休す。スペアベルトの用意はもうない。ドンがとった行動は、ダイナモのベルトを外しインジェクション・ポンプに付け替えることだった。一時しのぎの対策ではあったけれども、的確な応急処置のおかげで彼はピットまで戻ることができ、最終的に勝利を手にすることになる。クレマーが夢にまで見たデビューウィンはこうして成し遂げられた。しかも、バーブアー、シュトメレン、映画スターのポール・ニューマンが駆るディック・バーブアー所有の935に7周の差をつけての堂々たる勝利だった。もっと驚くべきはもう1台のクレマー・ポルシェが3位でフィニッシュしたことだ!
 
K3はそのあともサーキット上で大成功を収めることになるが、それだけでなく、クレマー・レーシングの財政改善にも大きく寄与した。最終的にクレマーはケルンのワークショップでポルシェ935K3を13台製造し、装備する内容によって多少の上下はあるものの、1台37万5000ドイツマルク以上(ユーロ換算で19万ユーロ)で販売した。加えて、スタンダードの935をクレマーK3と同じ仕様にモディファイしたいと欲するレーシングチームにも、アップグレードキットを提供した。
 
翌年、クラウス・ルドウィグはフォードに籍を移したため、アクセル・プランケンホルンがチームのファーストドライバーの座に就いた。だが、1980年シーズンはプランケンホルンとクレマー・レーシングにとって、いい年にはならなかった。クレマー兄弟は状況を変えるために代替えドライバーとしてジョン・フィッツパトリックをチームに引っ張り込み、ノリスリング、ゾルダー、ホッケンハイムと、地元での3勝でなんとか面目を保った。だが、まったく失望のシーズンであったことに変わりはなく、クレマー・レーシングは次の1981 年シーズンのために935K4の準備を始めた。K3はフィッツパトリックがアメリカのIMSAシリーズを戦うために彼に売り渡された。それからの数年、イエガーマイスター・カラーのK3は国際的に活動するレーシングチームのもとで世界を転戦することになる。そのK3は2006年にクレマー・レーシングのもとに戻り、ヒストリック・モータースポーツ・イベントに一度出たことが明らかになっている。


 
翌年、アーヴィン・クレマーは不慮の死を遂げる。会社は設立時からクレマーの技術者で、チームがモディファイした935のことなら隅々まで知り尽くしているウヴェ・ザウアーに引き継がれた。クレマーは2008年にイエガーマイスターK3を売却しようと告知を売ったのだが、クレマーの客であったエベルハルド・バウナッハという男が飛びつくように買い取った。バウナッハは若い頃からクレマーK2の熱心なファンで、やがてオリジナルの935K2を手に入れ、子供の頃からの夢を現実のものとした。そしてクレマー・チームの全面協力を得て再びK2にサーキットの地を踏ませることを決意する。彼は博物館に入れてクルマの状態を悪くするより、乗って走らせるほうがクルマのためになると信じ、43歳でレーシング・ライセンスを取得する熱血漢なのだ。だからK3が売りに出ると知ったときも、考えることなく手を挙げた。
 
2009年、DRMリバイバルの"オールドタイマー・グランプリ"に彼はイエガーマイスターK3でデビューし、K3を14位でフィニッシュさせている。傍目には物足りないかもしれないが、彼としては満足の結果である。なぜなら彼は所有するクルマの歴史的価値をとてもよく認識しており、同時に、勝利を得るためにすべてかないか的な走りなどせず、いつも"気楽に行こう"を心がけられる、分別ある人間だからである。K2と比較するとK3は120bhpも強力だが、それはふたつのターボから生み出されるパワーであり、悪名高いターボラグも少なめだ。しかしながら長きに亘って性能が維持できるようにと、クレマーはあえて出力を750bhpに抑えて引き渡した。それにもかかわらずドライビングの感覚は以前と少しも変わっていないのは見事というほかない。
 
ヒストリック・モータースポーツに対するクレマー・レーシングの献身の姿勢が昔のままであるのはうれしい限りだが、私がもっと感謝の言葉を送りたい相手は2010年8月に会社さえも手に入れたバウナッハである。彼はヒストリック・モーターレーシング・ドライバー協会の会長も務めており、こうした熱い情熱こそが、イエガーマイスター・ポルシェ935 K3のようなヒストリック・レーシングの遺産を将来にわたって安定的なものとしてくれるのである。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation: Hidehiko OZAWA Words: Robert Barrie Photos:As credited

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