35人のスタッフで100台のポルシェを│アメリカ最大規模のレストアショップの全貌

この記事は『アメリカでも最大規模のヴィンテージポルシェ専門レストアショップを訪ねて』の続きです。

エンジンの組立てを担当するワークショップでは、純粋な標準仕様からホットロッドまで様々なエンジンを扱っている。私たちが訪問した際には2123ccのポロポラス・フラット4を組立てていた。911のコンポーネントを利用した巧妙なエンジンで、数年前にディーン・ポロポラスが開発し、既に多くの356に搭載されている。清潔な作業台の向こうに目をやると、部屋の奥には棚が並び、ドナーとしての再利用やリビルドを待つフラット4やフラット6でいっぱいだ。

先に記したように、CPRクラシックの創業で重要な役割を果たしたのがブライアン・ドハティだ。ブライアンがポルシェに惚れ込んだきっかけは、ベトナム戦争に従軍したあとヨーロッパへ転属となり、ドイツに滞在したことだった。その後、ポルシェのファクトリーで訓練を受け、アメリカで現場サービスを担当するようになった。ブライアンは数年前に現役を退き、現在は娘のアンドレアと息子のディランが事業を引き継いでいる。
 
アンドレアは2007年にチームに加わると、その2年後に会社を買い取り、今では30人以上のスタッフを統括する立場だ。ディランは2010年からフルタイムで働いている。10代の頃の思い出は、学校から帰るとクルマの塗装を削り取る作業を手伝ったことだった。高校と大学の在学中も家業を手伝い続け、今では営業部長になった。
 
アンドレアが忙しいワークショップを指揮する傍ら、ディランは冒頭に紹介したクルマの販売事業に専念している。販売事業は、レストア施設とは別のレンガ造りの建物を利用しており、4年前にオープンしたばかりだ。ショールームやオフィスのほか、組立て作業を行う部屋もあり、こちらは数台の特別なレストアプロジェクトのために確保してある。


 
ショールームに並ぶのは大半が911だが、よく見るとあちこちに356も点在している。また、少数だがヴィンテージのメルセデスも扱う(メルセデスの販売を始めたのは数年前で、アリゾナのスペシャリストと提携している)。ディランによれば、最近も人気の希少モデルが5台ほど売れたばかりで、その中には550スパイダー1台と906も2台あったという。
 
数年前まではCPRクラシックでも356と1974年以前の911とを同じくらいの比率で扱っていた。しかし、後者の高騰を受けて、現在では進行中のレストアの70%を初期の911が占める。私たちは訪問中に数台の912と914/6も見かけた。そうしたプロジェクトも受け入れてはいるものの、コレクターカーとはいえないため、めずらしい部類だという。
 
CPRクラシックはオリジナルコンディションに戻す高品質なレストアでよく知られている。可能な限りファクトリー製のパーツを使い、入手不可能な場合は最高の代替品を選び抜いて使用するのだ。では、アウトローは手掛けていないのだろうか。市場が変化し、ホットロッドに喜んで大金を払う顧客が増えていることから、CPRクラシックでもその分野に手を広げることにした。ただし、フラットノーズへのコンバートや外観だけ930ターボ風にするような仕事は引き受けず、アフターマーケットのカーボンファイバー製パーツも取り扱っていない。



スタッフは、質の高いドイツ製のポルシェ純正パーツが好きなのだ。その信念を示す好例として、私たちはオールスチールの1972年911S/T“リクリエーション”を目にした。3.2リッターのメカニカル・インジェクション付きショートストローク・エンジンを搭載し、917スタイルのブレーキとエレファントレーシング製サスペンションを装備している。ビジネス上の賢明な判断とポルシェへの純粋な情熱によって、ドハティ家は会社を発展させ、目を見張るような施設を造り上げた。1977年に小さなワークショップを始めたとき、それから40数年で、35人ものスタッフが約100台のクラシックポルシェを扱う会社になろうとは、ブライアンと兄弟たちは夢にも思っていなかったに違いない。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words and Photography: Stephan Szantai

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