限界になっていたポルシェ935のエンジンパフォーマンス│解決方法はどのように?

この記事は『ポルシェ 935から生まれた2台の「異端児」モビーディックとベイビーの開発まで』の続きです。

こうして1977年シーズンは大成功を収めたが、そのいっぽうで、935に搭載されるエンジンのパフォーマンスが限界に到達しつつあることも次第に明らかになった。グループ5の規則に従えば、エンジンは量産モデルと同じ930用クランクケースをベースとしなければならず、また、当時のポルシェ製エンジンを鑑みればフラット6は完全な空冷であるべきだった。しかし、ブースト圧と最高出力が高くなるに従って、ヘッドガスケットやピストンに関連するトラブルが頻発するようになっていった。このままでは、ル・マン24時間のようなイベントに自信を持って臨むことは難しい。
 
もっとも根本的な解決方法はエンジンを水冷にすることだが、それはポルシェの存在意義を否定することになりかねない。この困難な問題に取り組むことになったのが、ポルシェの伝説的なエンジン設計者であり、911のフラット6を生み出したハンス・メツガーを中心とする開発チームだった。メツガーは、単純にシリンダーにウォータージャケットを巻き付けたり、シリンダーを水冷化するといった手法では、たとえふたつの対策を同時に行っても不充分だと考えた。この手法をさらに徹底するならば、エンジン全体に抜本的な対策を施す必要があるとメツガーは信じていたのである。


 
もっともわかりやすい改良はバルブトレインをデュアル・オーバーヘッド・カムシャフト式に改めることだろう。ポルシェがこの技術を最初に採り入れようとしたのは、1960年代後半にデビューした908用の4バルブ式フラット8エンジンだった。当初、このエンジンは空冷だったために温度が上がりすぎて所期の性能を発揮できず、水冷化が検討されたのである。ただし、この時期は917用フラット12エンジンの開発が急務とされたため、フラット8を水冷化するアイデアは棚上げされてしまう。
 
メツガーはデュアル・カム、4バルブ、水冷のコンセプトを1977年に蘇らせた。これは実に理に適った考え方といえた。グループ5の規則によれば、オリジナルの930クランクケースと空冷式シリンダーはそのまま使わなければならず、このことからオリジナルの鍛造製クランクシャフトも使用することができた。そのいっぽうで、グループ6であればショートストローク仕様の投入も可能だった。
 
新しい3.2リッターエンジンでは、各バンクに独立したヘッドを組み合わせるアイデアは踏襲されたものの、そこにウォータージャケットを組み合わせてヘッド自体を冷却することとなった。ふたつのウォーターポンプは各バンクに1本ずつある排気側カムシャフトで駆動され、クーラントを循環させる。そしてエンジンの前部には冷却ファンを垂直に取り付け、シリンダーに冷却気を送り込む仕掛けとした。


 
対策としてはこれで充分だったはずだが、メツガーは万全の策を講じた。彼はヘッドをシリンダーに溶接することで、ガスケットのトラブルを永遠に葬り去ることにしたのだ。この作業には電子ビーム溶接が用いられた。新エンジンは2基のKKKターボチャージャーを装備。1.5barの過給圧で8200rpmまで回すと750bhpを生み出しただけでなく、過給圧と回転数を上げれば840bhpを生み出すことも可能だった。
 
ノルベルト・ジンガーが指揮するエンジニアたちはボディの改良にも取り組んだ。"ベイビー"の経験を生かしてコクピット前後のボディワークを切り取ると、軽量なアルミ製チューブで作成したサブフレームを取り付け、ここにサスペンションやドライブトレインを組み込んだのだ。


1978年は"モビーディック"・・・<次回へ続く>

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Keith Seume Images:Porsche Archive

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