エンジンという宝物。「エンジン構築」をモチベーションにポルシェを研究

国産車チューニング黎明期を駆け抜け、それを糧にしてポルシェへと進出した。グループ・エム率いる生越 守氏は、その後ずっとポルシェの魅力を研究してきた。そんな彼にとって、最大のモチベーションとなるのが「エンジン構築」である。

ポルシェ製エンジンの研究は、生越 守氏の活動を支える根底にある。いつも飽くなき好奇心を持ってあらゆる仕様を考え、実際に作業に取り組んできた。彼が率いるグループ・エムの事業は多岐にわたるが、その核となるのはポルシェを中心とするクラシックカーのレストアであり、そのまた芯にはエンジンのオーバーホールおよび独特の考え方で取り組むチューニングがある。

「国産車のチューニングに明け暮れていた60年代から70年代、911の走りに魅了され、初めてそのエンジンを開けた時は衝撃でした。当時、我々が国産車に対して、針の穴を突くようなチューニングをしてどうにか得たものが、ポルシェには最初から備わっていた。材質自体の強度に始まり、精度の高さやバラツキのなさ――すべてがより高度な精密機械のようで、隔世の感がありました」
 
生越氏はこうして一気に、ポルシェへと傾倒していく。あれから40年以上。今もなお彼のもとには、ひっきりなしにオーバーホールやチューニングの依頼が舞い込む。この日、作業が始まっていたのは911カレラに搭載された2.7リッターエンジンだった。前号でご紹介したフルレストア中のナローに載せる予定だという。2.7リッターエンジンを純正さながら忠実によみがえらせつつ、ほんの少しハイコンプ(高圧縮)仕様へ。素性の良さを活かした「純正+α」といった仕様はグループ・エムの得意技だ。
 
実はこのエンジン、すこぶる状態が悪かった。燃焼室は錆が侵食して朽ち果てそうで、知らない人が見たら諦めてしまいそうだ。しかし40年をかけて培った技術を始め、部品のストックや入手ノウハウを持つグループ・エムにしたら、まだ充分に再生させることができるもの。いかに朽ちていても、まずは状態を正確に見極めるのが生越流である。

「まずは徹底的にバラして、各部品すべてを隅々まで洗浄しないと気が済まない。見るからに使えないと思われる部品でも綺麗にする。そしてクラックチェックするなどして状態を正確に見極めます。それがクルマ全体の状態を見極めるヒントになることがあるし、今回は使えなくても別の機会に流用できるかもしれないと思うのです」

部品を締結するボルト、ナットなどの状態を把握することも欠かさない。代表的な例を挙げると、911の場合、クランクケースとシリンダーとを連結させるためにスタッドボルトが使われる。このボルト自体はもとより、この頃の911はクランクケースがマグネシウム製であることが手伝って、ねじ溝の摩耗や腐食が見受けられる。だからこそ彼は必ず一度はすべてを分解してボルトや溝をチェックし、規定トルクをかけられるように新たにねじ溝を切るなどして、不安要素を徹底的に排除していく。



「加工をしたり新品を調達するなど、すべての部品を用意してから一気に組み上げます。段階を経て組むようなことはしない。そのほうが効率的で、二度手間になることが少ない。締結する際のストレスだって最小限に抑えたい。言うなれば当時のポルシェの組み立て工場を再現し、それを流れ作業ではなくひとりで組んでいる感覚です」
 
今回は2.7リッターのエンジンをベースとするがゆえに排気量は不変だが、場合によっては2.4リッターエンジンを2.7リッター化するのも一手だ。もともとの排気量が2.2リッターなら2.4リッターへ、2.4リッターなら2.7リッターへ。などと、エンジンの排気量だけを次なる世代へステップアップさせる手法は、ピストンシリンダーの交換(加工)のみで完結することが多い。ストロークも不変で、カムシャフトや燃料ポンプも流用できる。圧縮比の再設定と燃調さえ調整するだけで、信頼耐久性を満足させながらに乗りやすくなるという。



生越氏の所有する1972年式の911S(写真上)と1988年式の930ターボ(写真下)には、彼の考えるエンジンの理想形が詰まっている。前車はあらゆる年式の部品を組み合わせつつ、自らで設計加工を加えて2.8リッター化したもので、300ps近い出力性能を持つ。後車は3.3ターボを3.4リッター化しつつ大型タービンを添え、最高出力は600psに。NAとターボというふたつの軸での究極的なアプローチだ。
 
では、圧縮比をどこに置くか。空冷911はグレードごとに圧縮比が個別に設定され、年を追うごとに排気量こそ拡大するが、逆に圧縮比は低められていった。2.0リッター時代に9.0で始まり、67年からのSでは9.8へ、Tでも8.6だった。しかし、2.4リッター時代になると排ガス対策のため7.5~8.5へと低められていき、その後のカレラRS2.7であっても8.5に止まる。生越氏によると2.2リッター時代のSにある"9.8"程度をひとつの目安として高圧縮にするアプローチは効果的で、今回の個体もそうする予定だ。


エンジンは必ずすべてを分解して洗浄し、クラックチェックをする。その上で状態を見極めていく。腐食している部分を見極め、アルゴン溶接や切削加工で巧みによみがえらせる。
 
燃焼室が決まったら、そこへ送り込む混合気を考える。メカポンと呼ばれるクーゲルフィッシャー(ボッシュ)の燃料噴射装置か、次の時代のKジェトロか、あるいはキャブレターでいくのか。様々な選択肢を考えることができる。それぞれ固有の魅力があるので、ユーザーの嗜好や走るステージに応じて選べる。今回はあくまで純正を踏襲するということで、純正のメカポンをオーバーホールする。

「あれだけ多くの部品を使った複雑な機構を、一つひとつ寸法や重量を吟味して交差を最小限にとどめ、自分で組み上げていく。それが狙い通りに動いたとき、今でも純粋に感動します。私はもともと、壊れたものを直すのが好き。プラモデルだって作っているときが一番楽しい。だからエンジンを組むのはやめられません。もし、私がエンジンを組んでも面白く感じなくなったとしたら、きっとすぐに仕事を辞めてしまうでしょう」と、話しながら生越氏は、理路整然と工具や部品が並べられたファクトリーにポツンと置かれたエンジンを見る。それが40年以上の時間が経って朽ち果てたガラクタのようであっても、彼の目には、かけがえのない宝物のように映っている。

文:中三川 大地 写真:山本 佳吾 Words:Daichi NAKAMIGAWA Photography:Keigo YAMAMOTO 取材協力:GruppeM 048-450-2911 https://www.gruppem.co.jp

RECOMMENDED