クラシックカーを現代に甦らせる│アナログのゆらぎを手作業によって再現する

多くの粋人から愛され、クラシックパートナーからも作業を委託される。希少なクラシックポルシェを現代に甦らせ続けている、板金塗装を知り尽くしたラ・セールとは。

富士スピードウェイ西ゲートの「すぐ横」と言って差し支えない場所にたたずむ、英国調レンガ作りのトラディショナルな建造物。そこは多くの粋人から愛され、そしてポルシェ正規クラシックパートナーから委託される仕事も行うボディショップ「LA -SSERRE(ラ・セール)」のヘッドクオーター兼ファクトリーだ。ヘッドクオーターといっても、人員的にはこじんまりとしている。広大なファクトリー内で働くのは、創業社長であり熟練ペインターでもある吉澤澄雄さん、そして補修板金ではない"製作板金"の世界では日本有数の職人といえる増尾章児さんの2人だけ。

「このぐらいの世帯のほうが密にコミュニケーションってやつが取れるから、かえっていい仕事ができるんですよ」
 
社長兼ペインターの吉澤さんは、そう笑う。吉澤さんがボディショップとしてのラ・セールを立ち上げたのは1990年。「ボディショップとしての」と言うのは、前身があるからだ。
 
若き日々に欧州車専門の黒崎内燃機からジャガーの新東洋自動車、その後ポルシェのミツワ自動車でペインターとしての腕を磨いた吉澤さんは、同時に「プロスキーヤー」であり「輸入スポーツシューズ店のオーナー」でもあるという、ちょっと変わった経歴を持つ。そして1970年代の日本では希少だったナイキ等のスポーツシューズの仕入れでフランスを訪ねた際、大いに気に入った場所が同国のラ・セールという通り。そこで、自分のお店に「LASSERRE」という屋号を付けたのだ。 



その後は英国のレーシングチームでロン・デニスとともに働き(本人いわく『ちょっと手伝っただけですよ』と言うが)、帰国後、"レース村"の入口であるこのエリアに「ボディショップとしてのラ・セール」を立ち上げた。
 
そして数年前、ボディワークの達人として加入したのが前述の増尾章児さんだ。
 
いすゞのメカニックからミュージシャンにという、これまたちょっと変わった職業キャリアをスタートさせた増尾さんは、いつしか板金の世界に引かれ、修行ののち26歳で独立。多彩かつ繊細なボディワークで高い評価を得たが、本人としては「何かが足りない」と感じていた。
 
そこで、書けば長くなる努力の末に"押しかけ弟子"のような形で御殿場のデザインスタジオ「ストゥディオ エンメ」に入社。そちらにて代表の牧 清和氏から、一般的な補修板金の枠をはるかに超えた製作板金の秘術(カロッツェリア工法)を叩き込まれた。そして吉澤さんと仕事上の付き合いが始まり、そしてストゥディオ エンメを退社後、「ウチに来ないか?」ということに。その結果、現在は二人三脚で「希少なクラシックポルシェを現代に甦らせる」というミッションに従事している。


 
吉澤さんと増尾さんが口をそろえて言うのが、「3D CADでは絶対に再現できない"アナログのゆらぎ"を、手作業によって再現したい」ということ。そのため現在は、商売として日銭を稼ぐためには有効な補修板金の仕事はすべて断り、文化継承を目的とした製作板金に特化している。
 
インスタントな補修ではなく「当時のポルシェのリアルを今に再現し、そして長く維持継承したい」と考える向きにはぜひとも推奨したい、一途なファクトリーである。

文:谷津正行 写真:佐藤亮太 Words:Masayuki TANITSU Photography:Ryota SATO

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