朽ち果てそうなナローも見事に蘇る技術│ナローの水先案内人。

たとえ朽ち果てそうな個体であっても、この門をくぐれば新車のようによみがえる。しかも単なる工業製品ではない。世界に1台、自分だけのオリジナリティを内包して。あらゆる知識と技術を駆使してレストアを追求する、グループ・エムの蘇生術に迫る。

ナローを中心とした空冷ポルシェ911の高騰が叫ばれて久しい。短期的な相場変化はあるものの、希少モデルやミントコンディションのクルマは歴史的遺産のような資産価値を持ち、もはや気軽に連れ出せないような存在となった。
 
程度のいいものはおろか、なにしろ"今にも朽ち果てそうなナロー"ですら相応の価格で取引されるほど。本当に乗りたい人のもとを離れ、投機対象という遠くの世界へ行ってしまったかのように感じる。だが、諦めるのはまだ早い。生産終了から少なくとも45年以上が経っているのだから、程度のいいクルマに巡り会える可能性は限りなく低い。と、冷静に事実を受け止めたうえで、"今にも朽ち果てそうなナローポルシェ"と出会ったら、逆に自分好みのナローに仕立てるチャンスだと思いたい。
 
グループ・エムのファクトリーを訪れると、そんなことを実感する。ここには"朽ち果てそうなナロー"が頻繁に入庫する。そして丹念なレストアが施され、新車のような色艶を持ってふたたび走り出す。入庫の前後だけを見比べたら、まるで魔法のようだと驚くが、実際は極めて現実的なロジックの積み重ねだ。代表を務める生越 守氏をはじめ、グループ・エムの優れた鑑識眼とコーディネイトのセンス、何よりレストアの技術によるものである。
 

この状態では外面からでは判断できないが、これは73年式の911Tである。ナローを欲するというより、どうしてもこのクルマをよみがえらせたいというオーナーの意向によって、現在レストアが進行中だ。下にあるように、朽ち果てた箇所を効率的に再生している。

基礎骨格を再生する様式に妥協はない。過去の修復の有無や、雨水の侵入などで錆びやすい部分を徹底的に浮き彫りにして、修復には手間暇を惜しまない。表層だけを綺麗に仕上げるのではなく、安直にパテを使って形作ったりもしない。微細な部分まで金属加工と溶接、部品交換を組み合わせてよみがえらせていく。単なる板金塗装や部品交換という範疇を超えた、カロッツェリアのような体制である。
 
とはいえ、純正の寸法設計を厳格に再現したり、また純正部品しか使わないわけではない。細かい部分にまで徹底的に手を加えるが、随所にオリジナリティを発揮させるのがグループ・エムの仕事だ。
 
この日もファクトリーには空冷911がひしめき合っていた。すべての部品が取り外されてレストア中の、いわゆるドンガラ状態にあるものもいくつか見受けられる。素人目にみたら、とうてい治せるとは思えないほど朽ちている。しかし生越氏は何を見ても動じない。むしろ、当時のままの状態が維持されたミントコンディションのクルマを前にしたときよりも、どことなく嬉しそうにさえ感じられる。


インパネの状態やフロアの汚れを見る限り酷い状態に見受けられるが、生越氏によると「これでも程度は悪くないほう」だという。フロアの鉄板の状態は良好だし、錆びやすい前席の足もと付近もしっかりしているとのこと。部分補修と部品交換でよみがえるという。

「抜群のコンディションなら、その状態を維持するだけで、下手に触られないような方がほとんど。それはそれで正しい選択肢でしょう。しかし、朽ちているようなものをイチから起こすとなると、そこに自分なりのアイディアを投入できる。"これはどう仕上げようか"と妄想するのが楽しいのです」
 
生越氏は自らの考え方や、それに伴うアイディアを数えきれないほど持つ。ナローの現役時代から自ら手を汚して改造に明け暮れてきただけのことはある。だが、その考え方をユーザーへ押し付けたりはしない。彼らの趣味嗜好、愛車との付き合い方を鑑みて、そっとアドバイスするのが流儀である。
 
前号で取り上げたクルマは、まさにその好例だ。純正の雰囲気を損なわないまま現代のタイヤを履かせるため、わずかにリアフェンダーの寸法を純正と違える。エンジンも当時のポルシェ・レーシング技術を活かして適度に刺激を与えつつ、しかし現代の街乗りを許容する柔軟性のある仕様へ。内装をライトウエイト風情に仕立てているのも玄人っぽい。製作にあたってはユーザーの趣味嗜好を徹底的に聞き出し、また乗り方や接し方を推測し、予算的な都合を含めて徹底的に話し合って決めていった。


サイドシル(ロッカーパネル)など骨格を徹底的にレストアし、純正新品のフロントフェンダー、930用のユーズドドアなどを組み合わせる。予算と照らし合わせて使う部品を工夫するアイディアも欠かせない。チリ合わせ、フィッティングには相当にこだわる。
 
そうした意味で生越氏は、ナローのクリエイターでありコーディネイターとして、ともに過ごす時間をユーザーが楽しむための、水先案内人のような役割を務めている。主役はあくまでユーザーだ。そのうえでナローの持つ魅力をより引き立てるため、非日常性や安全性の確保はもちろん、細部にまで徹底して気を遣うのが彼のやり方である。
 
もちろん、車両や部品の調達ノウハウもまた彼のストロングポイントだ。ヨーロッパやアメリカを中心として世界中にアンテナを張り巡らせ、限りあるポルシェ製の純正部品に加え、純正より品質のいいリビルド品、チューニングパーツを見つけたら積極的に取り入れる。「すべて当時モノのポルシェ純正部品であるべき」というこだわりを否定することはないが、その考え方から少し距離をおけば、より充実したポルシェライフを送れると考えている。


まるでポルシェファクトリーから新車で出てきたようなボディ。73年式のアメリカ仕様をレストアしたものという。日本では一時アメリカ仕様が敬遠される風潮があったものの、現在では逆に、気候のいい彼の地にいたクルマはベース車にふさわしいと考えている。
 
いや、最大の部品は車両本体だろう。この日、出会った1台、塗装を終えてまさにボディ骨格が完成を迎えようとする青いクルマは、アメリカ仕様だという。ひと昔前は出力性能の面から毛嫌いされていたアメリカ仕様は、もともとの流通台数の多さに加え、乾燥したエリアで生き長らえてきた個体が多いことが手伝い、ボディのしっかりしたものが適正価格で出てくるという。その利点を活かしてベース車として、出力性能や仕向地独自の構造などを、ここグループ・エムでユーザー好みに仕立てるという。
 
このように、確固たる技術力に加えて柔軟な考え方を持ってナローをよみがえらせるグループ・エムの活動は、クラシック・ポルシェ界にとって心強い存在だ。「まだまだ、やりたいことは脳内にたくさんあります」と断言する生越氏の情熱がある限り、これからもナローは元気に走り続ける。


取材協力:Gruppe M 048-450-2911 www.gruppem.co.jp 

文:中三川 大地 Words:Daichi NAKAMIGAWA 写真:中島 仁菜 Photography:Nina NAKAJIMA

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