ポルシェ・チューニングを 究めようとした男だからこそたどり着いた境地を見る

ナローに限らずクラシックポルシェに何を求めるのかは、人によって千差万別だ。しかしグループ・エム率いる生越 守氏の考え方とアイディアには、いつも感心させられる。かつて、あらゆる手法でポルシェ・チューニングを究めようとした男だからこそたどり着いた境地。それはナロー固有の雰囲気や速度感を大切に守り、その魅力をそっと底上げすることだった。

目の前にたたずむ1台のナローポルシェは、まるで今しがた新車ファクトリーから納車されたかのような色つやを保っていた。唯一、時間の経過を感じさせるのは、くすんだナンバープレートとそこに記載される「33」という二桁の分類番号。オーナー氏の並々ならぬ情熱によって生き長らえる1972年式の911Sである。
 
現オーナー氏は、縁あって手に入れたこの個体を蘇生させたいと願っていた。しかし、手に入れた当初は、お世辞にも程度が良いとは言えなかったという。「ナローポルシェに乗る」ということだけを考えるのなら、他車に乗り換えたほうが手っ取り早い。だが、そうした効率論、あるいは費用対効果論に蓋をしてまで「どうしてもこのクルマに乗りたい」という希望を汲み取ったのが、ナローポルシェを始めあらゆる車両のチューニングやレストアを得意とするグループ・エムだった。


 
グループ・エムを率いる生越 守氏は、ナローの現役時代からチューニングに明け暮れた男だ。最初は初代セリカに始まり、その後、さらなる可能性を求めてS30 型フェアレディZをイジり尽くすように。国産車チューニング黎明期のど真ん中をゆく走り屋だった。しかし、そうした経験をしていく最中で、彼の脳裏には次第にポルシェ911の魅力が鮮明に浮かび上がった。

「街場の機械屋と協力してL型エンジンをボアアップして、かつ針の穴をつつくようなセッティングを重ねたS30Zで、暴れるような挙動と格闘しながらアクセルを踏み続けてようやく到達する200km/hオーバーの世界。それがポルシェなら、ほぼノーマルであっても楽々と同じ領域で走れてしまうのです。どんなクルマなのかとエンジンを開けてみると、我々が工夫を重ねたことが、ポルシェには最初から全部してあった」
 
そこからはポルシェ一筋だった。ベースが優れていれば、同じ努力をすればより上の境地へいけるはずだと、ストリートからサーキットまで、ポルシェを改造しては走り回って可能性を模索した。ポルシェに対しては今よりはるかに純正崇拝主義が色濃かった時代、時に後ろ指を刺されたり「パンドラの箱を開けるな」と揶揄されたりもしたが、己の信念が揺らぐことはなかった。国産車チューニングで培ったあらゆる手法を、臆せずポルシェへと持ち込んだ。ポルシェ自体が高性能化を遂げたことも手伝い、とりわけ500ps、600psを掌握するようなターボ技術には没頭した。

文:中三川 大地 写真:市 健治 Words:Daichi NAKAMIGAWA Photography:Kenji ICHI 取材協力:GruppeM 048-450-2911 https://www.gruppem.co.jp

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