史上最強のレーシングカーを目指して│ポルシェ917の誕生秘話

この記事は『伝説のマシン ポルシェ917が誕生するまで│917-001のヒストリー』の続きです。

7月からその年の年末まで、メツガーと彼のチームはピエヒの指示を受けながら、史上最強のレーシングカーを目指して設計に取り組んだ。開発チームは小規模だったが、それは弱点というよりも何事にも小回りが利くという利点のほうが大きかったという。彼らは908での経験を活かして空気抵抗を低減させることを第一目標にしたが、5リッターエンジンはポルシェにとって未経験の分野だった。


ちなみにハンドリングが思わしくないマシンはポルシェにとってめずらしいものではなく、エンジニアのハンス・フレーグルによれば、それはドライバーたちが克服しなければならない課題だったという。最初の風洞試験はシュトゥットガルト工科大学で行われたが、新型マシンのエアロダイナミクスは従来モデルよりも格段に優れていることが確認された。ただし、後に分かるように空気抵抗が小さいことがすべてではなかった。
 
フェルディナンド・ピエヒは一旦決めたら徹底して突き詰める一徹な人物として知られていたが、917はミュルザンヌ・ストレートで最速でなければならないと決意していた。目標値はほぼ240mph(386km/h )、これはハイスピード仕様の907や908より50mphも上回る数値だった。それに伴って生じるボディ後部のリフトを抑えるために新型車にはテールエンドに調整式のフラップを備えていた。


 
新型エンジンの開発を委ねられたハンス・メツガーは、水平対向ボクサーエンジンよりもコンパクトで高効率であることから180°(フラット)V12を選択、排気量は4.5リッターで規則上限の5リッターよりかなり小さかったが、シリンダーやピストン、コンロッド、カムトレーンなどを既存の3リッター レースエンジンと共用できるメリットがあった。

V12エンジンはどのようなものでも必然的にクランクシャフトは長くなり、たわむ可能性があるが、そのためにメツガーはクランクシャフトの中央から出力を取り出す方式を採用、ドライブシャフトはクランクシャフトのすぐ下を通ってトランスミッションに繋がっていた。新型エンジンは1968年5月にはタイプ912という、ちょっと紛らわしいコードナンバーが与えられていたが、しかしプロジェクトそのものはまだ「917」と呼ばれていなかった。最初の台上試験では542PSを記録、滑り出しは上々に思われた。


 
エンジンと5段型トランスミッションを搭載するために、908での経験を活かして新しいアルミ製チューブ・シャシーが制作された。最初の試験的シャシーはポルシェ自身の手で作られ、ワゴンファブリック・ラシュタット製の軽量グラスファイバーボディが架装されたが、ただしそれは走行不可の純粋なプロトタイプだった。続く"市販モデル"はバウアーが製作したフレームを使用する予定で、それらは1969 年1月末には納入されることになっていた。

走行可能な最初のモデル、すなわちシャシーナンバー917-001の組み立てはその年の3月初頭に始まったという。プロジェクトは極秘扱いで、チームにも守るべきスケジュールだけが知らされていた。3月12日のジュネーヴ・ショーでのデビューは必ず守らなければならない締め切りだった。


流れ出していた開発の噂・・・次回へ続く

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