ポルシェのモータースポーツ史に名を残す名ドライバーたち 第一弾

ポルシェはモータースポーツにおいて長い歴史を持ち、常に世界トップクラスのドライバーを起用してきている。その偉大なドライバーたちを紹介しよう。


ビック・エルフォード(1935年6月10日-)

イギリス出身のエルフォードは、1967年GTヨーロピアン ラリー選手権にポルシェ911で参戦し、勝利を獲得している。その翌年には、さらなる衝撃を世界に与えることになる。1月に行われたラリー・モンテカルロで911Tを駆り、ポルシェに初勝利をもたらしたのである。さらにその数日後、907ロングテールのステアリングを握り、デイトナ24時間でも優勝している。5月には907/8でタルガ・フローリオに参戦し、ここでも勝利を獲得している。そして、1969年のル・マン24時間では、リチャード・アトウッドとのコンビで917をドライブ。ギヤボックストラブルに見舞われるまでレースを支配した。また、1971年のセブリング24時間でも「917」をドライブし、勝利を手にしている。


ジョー・シフェール(1936年7月7日 - 1971年10月24日)

スイス人レーシングドライバーのピーター・フォークは、「1969年の世界スポーツカー選手権において、ジョー・シフェールがチームの大黒柱でした。彼のドライブは明らかにチーム最速でした」と振り返る。1969年シーズン、ポルシェは917を投入し、10レース中7勝を記録。シフェールはそのうち5勝をブライアン・レッドマンと、1勝をカート・アーレン・ジュニアと共に獲得している。しかし、1971年にブランズハッチで行われたF1ノンタイトル戦にBRMで参戦し、悲劇のアクシデントによって命を落としている。


ハンス・ヘルマン(1928年2月23日-)

1953年から1970年にかけてポルシェで数多くのレースに参戦した彼は、壮絶なアクシデントから一度に限らず生還していることから「ラッキーハンス」と呼ばれていた。1954年には550スパイダーでカレラ・パナメリカーナに挑む。そして、総合3位、クラス優勝という好成績を達成。1958年にはジャン・ベーラとのコンビで、ル・マン24時間レースに参戦。1960年 セブリング12時間では、オリビエ・ジャンドビアンとのコンビでレースに挑み、ポルシェに初勝利をもたらした。そして1970年、リチャード・アトウッドとのコンビで917を駆り、ル・マン24時間レースでポルシェに初めての総合優勝をもたらした。


ヘルベルト・リンゲ(1928年6月11日-)

ドイツ・ヴァイザッハ生まれのヘルベルト・リンゲは、15歳の時からポルシェでメカニックとして働いていた。その後ワークショップマネージャーに昇進し、アメリカでカスタマーサービス部門を担当し、ヴァイザッハのファクトリーも立ち上げている。また、今となっては恒例のイベントであるポルシェ・カレラカップは、彼によってスタートされたものだ。彼にとってポルシェでの初レースは、1952年11月23日に開催されたカレラ・パナメリカーナだった。356スーパーで参戦している。その後も様々なポルシェを駆って80以上のクラス優勝、4度のワールドタイトルに輝いている。『栄光のル・マン』のために908/02 カメラカーで参戦した、1970年のル・マン24時間が彼の最後の"任務"となった。

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